衣《ゆかた》に丹前を重ねたものを不器用に着て縁に立ちました。硝子《ガラス》戸越の早春の朝の陽差しを眩《まぶ》しい眼ざしで防ぎながら海を眺めていました。
 結婚後一ヶ月目の年の暮から、私をこの海岸の旅館に寄越して置いて、自分は年始廻りやら、正月の交際を済まして五日の日に宿へ来た彼は、割合に荷嵩《にがさ》な手荷物やらゴルフの道具やらを持ち込んだ。私は宿の女中に手伝って貰って、一先ずそれ等を部屋の中に適当に処置するために働いていました。
「気に入りましたわ。平凡なところが」
 私はこんな返事をしながら、良人があまりに胸高に締め過ぎた帯を後からそっと掴《つか》み下げてやるほど、形だけは遠慮がとれた妻になっていました。良人はちょっと私を振り返って、自分でも帯の前の方をずり下げながら、
「平凡かね。なるほど……いや、気に入らなければどこへでも移ってあげるよ」
 と云って、女中に座敷の中の煙草を取らして、そこの籐椅子《とういす》で、煙をふかし始めました。
「ほんとに皮肉でも何でもなく、平凡なところが結構でございますのよ」
 その平凡なところを結構とする私のこころはこうでありました。若《も》し、秀抜な
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