を貸してやった。
「どうせお前は持ってやしまいと思って。」
商売仲間の女がそろそろ場を張りに来た。毛皮服のミアルカ、格子縞《チェック》のマルゲリット。そして彼女|等《ら》はリゼットを見るや「おや!」と云《い》った。「化《ば》けたね。」とも云った。
巴里《パリ》へ来る遊び客は近頃商売女に飽《あ》きた。素人《しろうと》らしいものを求める。リゼットのつけ目はそこであった。
パパの鋸楽師《のこがくし》と、ママンのマギイ婆《ばあ》さんが珍らしそうに英語名前の食《くい》ものを食っている間に入《い》り代《かわ》り立ち代り獲《え》ものは罠《わな》の座についた。しかし、英吉利《イギリス》人は疑い深くて完全に引っかからなかった。アメリカ人がまともに引っかかった。
巴里は陽気だ。
見せかけのこの親子連が成功するかしないかと楽屋《がくや》を見抜いた商売女たちや店の連中、定連《じょうれん》のアパッシュまでがひそかに興味をもって明るい電気の下で見まもっていた。そして三人がいよいよ成功してそのアメリカ人を取巻《とりま》いて巣へ引上《ひきあ》げようとかかるとみんな一斉《いっせい》に、
「家族万歳《ヴィヴラファミーユ》!」
と囃《はや》した。その返礼にリゼットは後《うしろ》を向いて酒で焦《こ》げた茶色の舌をちょっと見せた。
アメリカ人を巣に引き入れて衣裳戸棚《クロゼット》の葡萄酒《ワイン》の最後の一本を重く取り出した時リゼットは急に悲しくなった。
レイモンは何してるだろう――彼女は自分に苦労させてはぶらぶら金ばかり使って歩く男がいとしくまた憎らしくもなった。疲れが一時に体から這《は》い出した。
マギイ婆さんは鋸楽師のおいぼれ[#「おいぼれ」に傍点]を連れて自分の部屋へ引きとった。彼女は妙にいらいらしていた。なんとかかんとか鋸楽師を苛《いじ》めて寝かさなかった。おいぼれ[#「おいぼれ」に傍点]は一晩《ひとばん》中こごんで肝臓を庇《かば》っていた。
底本:「愛よ、愛」メタローグ
1999(平成11)年5月8日第1刷発行
底本の親本:「岡本かの子全集」冬樹社
1976(昭和51)年発行
入力:門田裕志
校正:土屋隆
2004年3月30日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
前へ 終わり
全3ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 かの子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング