てまでも運んで呉れる。
 巴里《パリ》の空は寒天の寄せものだし、伯林《ベルリン》の空は硝子《ガラス》製だし、倫敦《ロンドン》の空は石綿だった。そしていまこの日本の空は――
 加奈子は手を差し延べて空の肌目《きめ》を一つかみ掴み取ってみる。絹ではない。水ではない。紙ではない。夢? 何か恐ろしいようだ。
 これがもし夢であるとすればこの大きな夢を誰がどこで夢みているのだろうか。この二月でもない、四月でもない、三月にふさわしい三月の空を。これに較べると西洋の都会と空の雇傭契約は大ざっぱだ。一年を夏冬二期の空に分けて頭の上で交替させる。
 加奈子は窓と窓下の子供に道路の通俗性を感じながら五六歩あるいた。電柱を見上げる。どうもそうだったのだ。さっきから賑やかな町の景色、にぎやかな町の景色、といつか思っていたのはこの電柱街路樹のためだったのだ。そっくりこのままの樹がどこかの山にありそうだ。梢《こずえ》にきちょうめんに横に並んだ枝を出して白い蕾《つぼみ》をつけて葉は無い。電信工夫は山からその樹を抜いて来てバナナのように皮を剥いただけで地に立てる。東洋ほど自然に寵愛《ちょうあい》され、自然を原形のまま
前へ 次へ
全34ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 かの子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング