たら歯を癒《なお》して貰いに歯医者へ寄ってから練習所へ行こうかダンスの練習をすましてから歯医者にしようか。まじめになってわたしに相談するだろうと加奈子は思った。
また塀だ。今度のは灰色のセメントで築いてあり上に横に鼠色の筋を取ったものだ。灰色の面には雲のように白い斑《まだら》が出来ていて乾性の皮膚病のようにいかにも痒《かゆ》そうだ。人の影がぞろぞろつながって映って行く。加奈子にぶつかる男もある。気がつくと坂の下の交叉点で電車を降りて乗替えずにそのまま歩いて坂を上って来る人が沢山増した。午後四時過ぎ、東京という人口過多の都会の心臓はその血を休養の為めに四肢へ分散するのか。でなければこの都会の内臓は充血して化膿するだろう。
人の流れに逆らって歩るくちょっとした非興奮音楽的の行進曲。擦れ違うさまざまなヴォルトの人体電気。埃と髪油のにおい。――加奈子は午後四時過ぎが何故か懐かしい。巴里では凱旋門の方からシャンゼリゼーの右側の歩道を通って料理店ブーケの前を通って公園の方へ行こうとすると屹度《きっと》こういう思いをした。ハンチングをかぶったアパッシュ風の男がズボンのポケットで歩るきながら銭をじ
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