靴音で通り過ぎて行く一組がある。五六軒先の荒物屋の母子だ。息子が母親を担《かつ》いでいるときもある。母親が息子を担いでいるときもある。息子が母親に担がれているときは息子が酔いすぎてとてもはしゃいでいる。母親が息子に担がれて帰るときは母親が酔いすぎて大概泣いている。焙《た》き出したばかりの暖炉《オーフェン》の前で加奈子が土の底冷えをしみじみ床を通して感じた独逸《ドイツ》の思い出である。
 まだ子供とはいいながら日本人にあとをつけられるのは気味の悪いものだ。これに引きかえ西洋人のつけて来るのはあまい感じがする。西洋では不良男にもフェミニズムが染み込んでいるせいだろうか。加奈子はよく人につけられる性質の女だ。
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――それはあなたの全《すべ》てが普通の人のリズムと違っていて人に目立つからだ」或る友達は笑いながら加奈子に斯《こ》ういった。
――嫌になっちゃう」と加奈子が手足をじたばたさせると友達はそれを指して、
――それそこがもう人並外れのところよ」といった。
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 いろいろの経験からついて来る人間に手がかりを与えないのは却ってそ
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