ゃらじゃらいわせる音。急に斜に外れて巴里昼間新聞を買う人の起すかすかな空気のうずまき。首尾よく流れを逆に上り切って桃色と白のカフェ・ローポアンで一休み。そこで喰べた胡桃《くるみ》の飴菓子。
だが日本の通行人は急ぐように見えてもテンポは遅い。それでいて激しい感じは一層する。二つずつ向って来る黒い瞳。奥底の知れぬ怜悧《れいり》。カラーとネクタイが無くて襟の合せ目からシャツと胸の肉の覗く和服姿。男が女のように見えるインバネス。無言の二人連れ。アメリカ風の女の洋装。
加奈子のあとをつけて来た少年は流れの勢に押し流されもう見えなくなった。その代りにもっと小さい十三四の中学生が気付かれないように手に握ったボールを見つめているふりをしながら溝端の石の上を加奈子と並んで歩いて来る。ちょいちょい加奈子を横目でみるところはやっぱり加奈子をつけて来るのだ。
加奈子はショールの間から短い指の手を出して拡げて裏表を見せてやる。すると顔を赭くして急に駆け出した。
お京さんが夫のアンリーのところを逃げ出す前にお京さんは加奈子にこういったことがあった。
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
――異人さんと一緒にいると始終用心してなきゃならないのよ。いつ唇が飛びかかって来るか知れないから。
[#ここから1字下げ]
異人さんと一緒にいると我儘《わがまま》をいうのも時間制度よ。
アンリーはあたしを燃やし尽そうとする。菜種油で自動車を動かそうとする。
触って呉れずに愛して呉れたらねえ。
まわりの静まった夜なんか二人差し向いで居てふいと気がつくと、おや大変異人さんと一緒にいる。と逃げ出したくなることがあるのよ。
あなた異人さんのしょげたところ見た? まるで子供よ。
異人さんの不器用な大股で日本の家の鴨居《かもい》に頭をぶつけないように歩るく不器用さは初めはほんとに愛嬌があるけれど見慣れて嫌になり出すととても堪らないものよ。
異人さんはやきもちやきよ。
あの人、海苔《のり》を食べるのを稽古し出したのよ。
異人さんの愛情というものはくどいからすぐ腹が一ぱいになるけれども永持ちしないの。だからしょっちゅうちょいちょい食べなきゃならない。
この頃はお豆腐を食べても舌で味い分けられなくなったわ。始終|脂《あぶら》っこいもののお相伴《しょうばん》をするせいよ。
それでいてお豆腐の味
前へ
次へ
全17ページ中10ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 かの子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング