の言葉によって私は、二十何年か前、作楽井氏が常に希望を持つ為めに、憧憬を新らしくする為めに東海道を大津まで上っては、また、発足点へ戻ってこれを繰返すという話を思い出した。私は
「やっぱり血筋ですかね。それとも人間はそんなものでしょうか」
 と、言った。

 汽車の窓から伊勢路の山々が見え出した。冬近い野は農家の軒のまわりにも、田の畦《あぜ》にも大根が一ぱい干されている。空は玻璃《はり》のように澄み切って陽は照っている。
 私は身体を車体に揺られながら自分のような平凡に過した半生の中にも二十年となれば何かその中に、大まかに脈をうつものが気付かれるような気のするのを感じていた。それはたいして縁もない他人の脈ともどこかで触れ合いながら。私は作楽井とその息子の時代と、私の父と私たちと私たちの息子の時代のことを考えながら急ぐ心もなく桑名に向っていた。主人は快げに居眠りをしている。少し見え出したつむじの白髪が弾ねて光る。



底本:「岡本かの子全集5」ちくま文庫、筑摩書房
   1993(平成5)年8月24日第1刷発行
底本の親本:「第六創作集『老妓抄』」中央公論社
   1939(昭和14)年3月18日
初出:「新日本」
   1938(昭和13)年8月号
入力:佐藤洋之
校正:高橋真也
1999年2月6日公開
2005年9月27日修正
青空文庫作成ファイル:
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