なので、ずっと離れて窓際のちっちゃな椅子へ掛けて窓の外を見て居る。麻川氏「種蒔くはこの頃来ませんな。」私「ええ、東北の方へ行っちまったんだそうです。」麻川氏「ははあ、だが、今日も昨日も随分あなたん所でお客が多かったんですな。」私「東京から距離が近いのに土地が珍らしいから用事がなくっても遊びに来るんでしょう、東京生活よりお客が多いくらいです。」麻川氏「お客の種類は大別してどんな人達ですか。」私「………………。」麻川氏「いやあ、僕にひと様のお客を調べる権利はありませんが……。」私「重《おも》だった客は先達《せんだっ》てのX図案家や、詩人のX氏や、哲学科のX氏あたりでしょう。」麻川氏「図案家X氏も行きづまりの恰好ですな。」私「そう、今までのメカニズムが近頃擡頭して来た新古典主義に押され勝ちのようですね。そういう欧洲の情勢が日本にも影響して来ましたのね。」麻川氏「詩人X氏は相変らず若くてカラリストだ。だが、時々馬鹿に饒舌《じょうぜつ》すぎますな……そして哲学科は……。」私「あれは私の論敵!」叔母さんが窓の方から、くるりとこっちを向いた。「煙草《たばこ》いかがです。」と麻川氏は叔母さんにケースを出したが叔母さんは喫《の》まないのでお辞儀だけした。私「あなたの処も随分お客が多いんですね。」麻川氏「□奴も△奴もうるさい奴等ですよ。」私「でも随分あなた崇拝家ですわ。」「ははん。」と麻川氏はやや得意そうに電灯の笠を見た。真上から電灯の直射をうけて痩《や》せた麻川氏の両頬《りょうほお》へ一筋ずつ河のように太い隈《くま》が現われた。麻川氏「ああいう狂拝家に逢《あ》ってはこっちから見てあぶなっかしくて困りますよ。□はさしものN市の大家産を傾け尽そうとして居るのですよ。好い奴ですが、どうも幼稚な野心家でね。文学だ、美術だ、でさらんぱらんになりそうですよ。」私「△さんの店の最中《もなか》おいしいんですね。」麻川氏「あの△氏も最中ばかりつくってりゃ好いのに、われわれどもを崇拝始めたら商売道は危うしですな。」私「×さん、×××さん達、先刻まで居られましたね。」麻川氏「×は小説家志望ですがダンスがうまいですよ。鎌倉ホテルのダンス場で×にダンス習ったらどうですか。年がいかないからまだ彼は無邪気ですよ。」叔母さんが口を出した。「いやですよ。この人は波乗りがやっとって処ですからね、そんな身軽なこと出来やし
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