なるまい。せめて結縁《けちえん》のしるし[#「しるし」に傍点]なりと、どれ」
 と言って木戸番の前へ行って合掌礼拝しました。
 円通の方は無頓着、飄逸《ひょういつ》という方です、或る人が此《こ》の禅僧に書を頼んだ事がありました。
 円通は興にまかせて流るるような草書を書いて与えました。受取った人は大悦び、美しい筆の運びに眼を細めましたが、さて何と書いてあるのか余りひどいくずし方[#「くずし方」に傍点]で読めません。立戻って円通に訊いてみたところが、筆者自身の円通さえ読めないという始末。けれども円通は一向平気でした。
「私の門人のSという男が、私の字を読み慣れている。これは其の方へ持って行って読みこなして貰う方が早道と思うが」
 先《ま》ずこんな調子の人物でした。
 法眼は不断、紀州に住み、円通は大阪に住んでいました。ところが法務の都合で二人は偶然、京都に落合ってしばらく逗留《とうりゅう》する事になりました。こういう二人が顔を合せたのですから、変った出来事が起るのも無理はありません。

 京都の遊里として名高いのは島原ですが、島原は三代将軍家光の時分に出来、別に祇園《ぎおん》町の茶屋とい
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