に云って田氏が汲んで出したなりでぬるくなった茶をすすった。田氏は控え目乍ら、今の自分達にとって思うことを打ち明けられる人とてはこの人よりほかに無い遜にともかく聞くだけは聞いて貰い度く、
「わたくしがある夜、おそるおそるあなたはもう、「道」の研究はおやめになってこの里の村夫子になってお仕舞いになりますのか、と尋ねましたら、夫がいくらか勇んで申しますには、その「道」がそろそろ見え初めて来たよという返答を申しますでは御座いませんか。わたくしがすこしあきれて、へえ、と思わず顔を見守りますと「道」はどこにでもありそうだ。「道」の無いところはないのだ。「道」は螻蟻《ろうぎ》にもある。※[#「禾+弟」、第4水準2−82−88]稗《ていはい》にもある。瓦甓《がへき》にもある。屎尿《しにょう》にもある。と仕舞いにはごろりと身を横たえて俺は斯して居ても「無為自然の道」を歩いて居るのだと申すようなわけで御座います」
 土間から裏口に通じる扉の外で荘子の咳払いが聞えた。それは好晴の日の空気に響いた。田氏はほほ笑み乍ら立ち上った。
「夫が参りましたようですが初手からあまり夫の此頃をよく御存じのような御様子をなる
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