上を飛ぶであろう形まで真似てひとつには彼女の心やりとし、人に訴えてかなわぬ願いの鬱憤を晴すのだった。
「海上に浪が立つ時、その魚は翼をのばして浪の上を一丁も二丁も飛ぶのですって」
 彼女は幾度か目にそれを云ったあと、ころころと声を高欄の黄金細工にまで響かせて笑った。だがその笑いのあとの眼を荘子にとどめると彼女は真面目に支離遜に向いて云った。
「荘先生はお変りになりました。もと洛邑にお居での時は私のたわ言など、こんなに真面目に聞き入っては下さいませんでした。何か鋭いまぜ返しを仰《おっしゃ》るか、ほかのお方とお話をなさるかでした」
「まあ、そうむきにならなくとも宜い。先生は田舎へ退隠なされてからずっと渋くおなりなされたのです」
「そう仰ればもとはあんなにお美しかったお顔も鉛色におくすみなされて………して、その先生が何故わたくしなどをお招びになり馬鹿らしい所作にさもさも感に堪えたような御様子をなさいますのやら」
 支離遜は手持ち無沙汰に苦笑して居る荘子の方を見やり乍ら何と返事をしたものかと迷って居たが、麗姫がむやみに返事をせき立ててやまないのでとうとう云って仕舞った。
「先生はな………実はな
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