鼻にか判らない幽かな刺戟で浸みると、濁酒のような親しげな虚無的な陶酔をほんのり与えた。
 白い蝶が二つか三つか、はっきりしない縺《もつ》れた飛び方で、舞い下って来て、水吐けの小溝の縁の西洋|韮《にら》の花の近くで迷っている。西洋韮の白い花に白い生きものが軽く触れて離れる。そこの陽の光の中に神秘な空間がきらめく。
 栖子は指先を莢の豆に無意識に動かしながら、心を遠くうねり尖らして、横浜の園芸会社へ、オランダから到着した新種のカーネーションの種子を取りに行くといって出て行き、五日も帰らない尾佐の挙措を探り廻した。
 また飲んで歩いていることは判っているけれども、彼には何となく憐れに懐しいところがあった。彼の性格が朦朧として、無口に白け切って来るほど、その淡い魅力は、水明りのように冴え出して来て、彼女を牽き寄せる。彼はたまたま沈黙の中から、僅かに一度いったことがある。
「おれがどんな美事な新種の花を作ったからとて、それがいつまでも最上だというわけではなし、次の誰かがすぐその上の美事なものを作るにきまっている。
 花はおれの一番好きなものだから作るようなものの、考えて見ればつまらない。といって
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