て、こどもを一人抱えてるんだ。うっちゃっときゃ、まあ母子心中か餓死なんです」
「ご主人は」
「主人は、僕の農芸大学の先輩に当る園芸家なんですが、天才肌でまるで家庭の面倒なんか見ないんです。酒とカーネーションの改良に浸り切っています」
「およしなさい。あなたには重荷の騎士気質なぞ出してさ。そんな家庭へ入り込んで、面倒なことにでもなるといけませんよ」
すると従弟は不服そうな顔をして、その時は別れたが、結局、一週間も経たないうちに、その家へ入り込んでいた。知らせの手紙には、こう書いてあった。
「やっぱり来て仕舞いましたよ。だってあんまり見るに見兼ねるんだもの。伯父さんには自然と知れるまで黙ってて下さい。この位のことはしてくれてもいいですよ。あなたがいくら嘘嫌いな聖女でも若いもののロマン性はお互いに庇《かば》い合いましょう」
私はこの時もあまり同感出来なかったが、彼の保証人になっている私の父に告げることは、控えといてやった。
千代重が入り込んだ踏花園は、旧幕時代評判の下屋敷の庭を、周囲の住宅の侵蝕から、やっと一角だけ取り残したという面影を留めている園芸場で、西南の市外にあった。今は埋め
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