らが仰《おっ》しゃるんですもの」と不服そうにいった。病友はつまらぬ咎《とが》め立をするなと窘《たしな》める眼付をした。
三度に一度の願いが叶《かな》って医者に注射をして貰ったときには病友は上機嫌で、へらりへらり笑った。食慾を催して鼈四郎に何を作れかにを作れと命じた。
葱《ねぎ》とチーズを壺焼《つぼやき》にしたスープ・ア・ロニオンとか、牛舌《オックス・タング》のハヤシライスだとか、莢隠元《アリコベル》のベリグレット・ソースのサラダとか、彼がふだん好んだものを註文《ちゅうもん》したので鼈四郎は慥え易かった。しかし家鴨《あひる》の血を絞ってその血で家鴨の肉を煮る料理とか、大鰻をぶつ切りにして酢入りのゼリーで寄る料理とかは鼈四郎は始めてで、ベッドの上から病友に差図されながらもなかなか加減は難しかった。家鴨の血をアルコールランプにかけた料理盤で掻《か》き混ぜてみると上品なしる粉ほどの濃さや粘りとなった。これを塩《しお》胡椒《こしょう》し、家鴨の肉の截片を入れてちょっと煮込んで食べるのだが、鼈四郎は味見をしてみるのに血生臭《ちなまぐさ》いことはなかった。巴里《パリ》の有名な鴨料理店の家の芸の一
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