味だな」鼈四郎は哄笑《こうしょう》して、去り気ない様子を示したが、始めて人に肺腑《はいふ》を衝《つ》かれた気持がした。良人の画家に「大陸的」と極《き》めをつけられてよいのか悪いのか判《わか》らないが、気に入った批評として笑窪《えくぼ》に入った檜垣の主人まで「そういえば、なるほど、君の芸術は味だな」と相槌《あいづち》を打つ苦々しさ。
 鼈四郎は肺腑を衝かれながら、しかしもう一度|執拗《しつよう》に夫人へ反撃を密謀した。まだ五六日この古都に滞在して春のゆく方を見巡《みめぐ》って帰るという夫妻を手料理の昼食に招いた。自分の作品を無雑作に味と片付けてしまうこの夫人が、一体、どのくらいその味なるものに鑑識を持っているのだろう。食もので試してやるのが早手廻《はやてまわ》しだ。どうせ有閑夫人の手に成る家庭料理か、料理屋の形式的な食品以外、真のうまいものは食ってやしまい。もし彼女に鑑識が無いのが判ったなら彼女の自分の作品に対する批評も、惧《おそ》れるに及ばないし、もし鑑識あるものとしたなら、恐らく自分の料理の技倆《ぎりょう》に頭を下げて感心するだろう。さすればこの方で夫人は征服でき、夫人をして自分を認
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