の足音が地車でも続いて通っているよう絶えずとどろと鳴っている。その控室の方に当っては、もはや、午後の演奏の支度にかかっているらしく、尺八に対して音締めを直している琴や胡弓《こきゅう》の音が、音のこぼれもののように聞えて来る。間に混って盲人の鼻詰り声、娘たちの若い笑い声。
 若者の鼈四郎は、こういう景致や物音に遠巻きされながら、それに煩わされず、逃れて一人うとうとする束《つか》の間《ま》を楽しいものに思い做《な》した。腹に満ちた咀嚼物《そしゃくぶつ》は陽のあたためを受けて滋味は油のように溶け骨、肉を潤し剰《あま》り今や身体の全面にまでにじみ出して来るのを艶《つや》やかに感ずる。金目がかかり、値打ちのある肉体になったように感ずる。心の底に押籠《おしこ》められながら焦々した怒ろしい想《おも》いはこの豊潤な肉体に対し、いよいよその豊潤を刺激して引立てる内部からの香辛料になったような気がする。その快さ甘くときめかす匂い、芍薬畑《しゃくやくばたけ》が庭のどこかにあるらしい。
 古都の空は浅葱色《あさぎいろ》に晴れ渡っている。和み合う睫《まつげ》の間にか、充《み》ち足りた胸の中にか白雲の一浮きが軽く
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