ことは病主人が苦悶を深め行くにつれ却《かえ》って消えて行った。あまりの惨《いた》ましさに痺《しび》れてぽかんとなってしまった鼈四郎の脳底に違ったものが映り出した。見よ、そこに蠢《うごめ》くものは、もはやそれは生物ではない。埃及《エジプト》のカタコンブから掘出した死蝋《しろう》であるのか、西蔵《チベット》の洞窟《どうくつ》から運び出した乾酪《かんらく》の屍体《したい》であるのか、永くいのちの息吹きを絶った一つの物質である。しかも何やら律動しているところは、現代に判《わか》らない巧妙繊細な機械仕掛けが仕込まれた古代人形のようでもある。蒼黒く燻《くす》んだ古代人形はほぼ一定の律動をもって動く、くねくね、きゅーっぎゅっと※[#「足へん+宛」、第3水準1−92−36]いて、もくんと伸び上る。頽《くずお》れて、そして絶息するようにふーむと※[#「口+奄」、第3水準1−15−6]く。同じ事が何度も繰返される。モデル娘は惨ましさに泣きかけた顔をおかしさで歪《ゆが》み返させられ、妙な顔になって袖《そで》から半分|覗《のぞ》かしている。看護婦は少し怒りを帯びた深刻な顔をして団扇《うちわ》で煽《あお》いでいる。
鼈四郎は気付いた。病友はこの苦しみの絶頂にあって遊ぼうとしているのだ。彼は痛みに対抗しようとする肉体の自らなる※[#「足へん+宛」、第3水準1−92−36]きに、必死とリズムを与えて踊りに慥えているのだ。そうすることが少しでも病痛の紛らかしになるのか、それとも友だちの、ふだんいう「絶倫の芸術」を自分に見せようため骨を折っているのか。病友はまた踊る、くねくね、ぎゅーっ、きゅ、もくんもくんそして頽れ絶息するようにふーむと※[#「口+奄」、第3水準1−15−6]く。それは回教徒の祈祷《きとう》の姿に擬しつつ実は、聞えて来る活動館の安価な楽隊の音に合わせているのだった。
鼈四郎が、なお愕《おどろ》いたことは、病友は、そうしながら向う側の壁に姿見鏡を立てかけさせ、自分の悲惨な踊りを、自ら映しみて効果を味っていることだった。映像を引立たせる背景のため、鏡の縁の中に自分の姿と共に映し入るよう、青い壁絨と壺《つぼ》に夏花までベッドの傍に用意してあるのだった。鼈四郎に何か常識的な怒りが燃えた。「病人に何だって、こんなばかなことをさしとくのだ」鼈四郎はモデルの娘に当った。モデル娘は「だって、こち
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