あたる。をとめのやうにさざ波は泣く。よしきり[#「よしきり」に傍点]が何処《どこ》かで羽音をたてる。さざ波は耳を傾け、いくらか流れの足をゆるめたりする。猟師の筒音が聞える。この川の近くに、小鳥の居る森があるのだ。
昼は少しねむたげに、疲れて甘えた波の流れだ。水は鉛色に澄んで他愛もない川藻の流れ、手を入れゝばぬるさうだが、夕方から時雨《しぐ》れて来れば、しよげ返る波は、笹《ささ》の葉に霰《あられ》がまろぶあの淋《さび》しい音を立てる波ではあるが、たとへいつがいつでも此《こ》の川の流れの基調は、さらさらと僻《ひが》まず、あせらず、凝滞せぬ素直なかの女の命の流れと共に絶えず、かの女の耳のほとりを流れてゐる。かの女の川への絶えざるあこがれ、思慕、追憶が、かの女の耳のほとりへ超現実の川の流れを絶えず一筋流してゐる。
かの女は水の浄《きよ》らかな美しい河の畔《ほとり》でをとめとなつた女である。其《そ》の川の水源は甲斐《かい》か秩父《ちちぶ》か、地理に晦《くら》いをとめの頃のかの女は知らなかつた。たゞ水源は水晶を産し、水は白水晶や紫水晶から滲《にじ》み出るものと思つて居た。春はその水晶山へ、はら
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