まく》が無いらしい。それでよくわたしの血は他人の血の流れと反対になる。ロスタンは言つた『時代を間違へるな。』わたしは云はう『時代を間違へよう。』ロスタンは云つた『ばかは止せ。』わたしはいはう『馬鹿《ばか》こそせよ。』
彼等が決闘を未遂に終らせたことはとりも直さずわたしに決闘を仕遂《しと》げさすことであつた。黒ん坊との決闘は貴族の恥辱だらう。だが彼を措《お》いて誰が今日決闘の相手になんぞなつてくれよう。この期をはづしてはまたとわたしの生涯にあの美しい招待の言葉を生かす機があらうか。
ジャンチリイの崩れた城壁の蔭でわたしは黒ん坊と向き合つた。彼は名のある力業師《アクロバット》だつた。彼はゴムのやうな肉体を抱へてゐた。それによつて巴里の貴婦人達は歯を楽しまされ始めてゐた。
歯による恋愛――彼はそれを西南の竜舌蘭《りゅうぜつらん》の蔭から巴里《パリ》へ移入した。
青い血と黒い血とは剣を持つて睨《にら》み合つた。その頃、青い血を駆逐する社会上の敵は黄色の血の流れる|成上り者《パルヴニウ》だつた。だが巴里の客間《サロン》で青い血の人気を奪ひつゝあるものはこの黒い血の連中だつた。わたしは彼を
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