め、また、新なる夢に入るもののようにも感ぜしめた。肉体の悄沈《しょうちん》などはどこかへ押し遣られてしまった。食ものさえ、このテーマに結びつけて執拗《しつよう》に力強く糸歯で噛《か》み切った。
「そーら、また、お母さんの凝り性が始まったぞ」
息子の一郎は苦笑して、ときどき様子を見に来た。
「今度は何を考え出したか知らないが、お母さん、苦しいだろう。もっとあっさりしなさいよ」
と、はらはらしながら忠告するほどであった。
葬列は町の中央から出て町を一巡りした。町並の人々は、自分たちが何十年か聖人と渾名《あだな》して敬愛していた旧家の長老のために、家先に香炉を備えて焼香した。多摩川に沿って近頃三業組合まで発達した東京近郊のF――町は見物人の中に脂粉の女も混って、一時祭りのような観を呈した。葬列は町外れへ出て、川に架った長橋を眺め渡される堤の地点で、ちょっと棺輿を停《と》めた。
春にしては風のある寒い日である。けれども長堤も対岸の丘もかなり青み亘《わた》り、その青みの中に柔かいうす紅や萌黄《もえぎ》の芽出しの色が一面に漉《す》き込まれている。漉き込み剰《あま》って強い塊の花の色に吹き出
前へ
次へ
全61ページ中28ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 かの子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング