の若いときのそれと同じものであることに思い当り、うたた悵然《ちょうぜん》とするだけであった。そしてどうしてわたくしには、こう孤独な寂しい人間ばかりが牽《ひ》かれて来るのかと、おのれの変な魅力が呪《のろ》わしくさえなった。
「いいですいいです。これからは、何でもあたしが教えたり便りになってあげますから、このうち[#「うち」に傍点]もあんたの花嫁学校のようなつもりで暇ができたら、いつでもいらっしゃいよ」
 すると雛妓は言った。
「あたくしね、正直のところは、死んでもいいから奥さまとご一緒に暮したいと思いますのよ」
 わたくしは、今はこの雛妓がまことの娘のように思われて来た。わたくしはそれに対して、わたくしの実家の系譜によるわたくしの名前の由来を語り、それによればお互の名前には女丈夫の筋があることを話して力を籠《こ》めて言った。
「心を強くしてね。きっとわたくしたちは望み通りになれますよ」
 日が陰って、そよ風が立って来た。隣の画室で逸作が昼寝から覚めた声が聞える。
「おい、一郎、起きろ。夕方になったぞ」
 父の副室を居間にして、そこで昼寝していた一郎も起き上ったらしい。
 二人は襖《ふすま》を開けて出て来て、雛妓《おしゃく》を見て、好奇の眼を瞠《みは》った。雛妓は丁寧に挨拶《あいさつ》した。
 逸作が「いい人でも出来たので、その首尾を奥さんに頼みに来たのかい」なぞと揶揄《からか》っている間に、無遠慮に雛妓の身の周りを眺め歩いた一郎は、抛《ほう》り出すように言った。
「けっ、こいつ、おかあさんを横に潰《つぶ》したような膨《は》れた顔をしてやがら」
 すると雛妓は、
「はい、はい、膨れた顔でもなんでもようございます。いまにお母さんにお願いして、坊っちゃんのお嫁さんにして頂くんですから」
 この挨拶には流石《さすが》に堅気の家の少年は一堪《ひとたま》りもなく捻《ひね》られ、少し顔を赭《あか》らめて、
「なんでい、こいつ――」
 と言っただけで、あとはもじもじするだけになった。
 雛妓は、それから長袖《ながそで》を帯の前に挟み、老婢《ろうひ》に手伝って金盥《かなだらい》の水や手拭《てぬぐい》を運んで来て、二階の架け出しの縁側で逸作と息子が顔を洗う間をまめまめしく世話を焼いた。それは再び商売女の雛妓に還《かえ》ったように見えたけれども、わたくしは最早《もは》やかの女の心底を疑うよ
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