そしてどこやらが肖ていると頻《しき》りに思い当てることをせつく[#「せつく」に傍点]ものがあった。そしてやっと逸作の言葉でわたくしのその疑いは助け出された。
「まあ、ほんとに」
わたくしの気持は茲《ここ》でちょっと呆《あき》れ返り、何故か一度、悄気《しょげ》返りさえしているうちに、もうわたくしの小さい同姓に対する慈しみはぐんぐん雛妓に浸み向って行った。わたくしは雛妓に言った。
「かの子さん。今夜は、もう何のお勤めもしなくていいのよ。ただ、遊んで行けばいいのよ」
先程からわたくしたち二人の話の遣《や》り取りを眼を大きく見開いてピンポンの球の行き交いのように注意していた雛妓は「あら」と言って、逸作の側を離れて立上り、今度はわたくしの傍へ来て、手早くお叩儀《じぎ》をした。
「知ってますわ。かの子夫人でいらっしゃるんでしょう。歌のお上手な」
そして、世間に自分と同名な名流歌人がいることをお座敷でも聴かされたことがあったし、雑誌の口絵で見たことがあると言った。
「一度お目にかかり度《た》いと思ってたのに、お目にかかれて」
ここで今までの雛妓らしい所作から離れてまるで生娘のように技巧を取り払った顔付になり、わたくしを長谷の観音のように恭々《うやうや》しげに高く見上げた。
「想像よりは少し肥《ふと》っていらっしゃるのね」
わたくしは笑いながら、
「そうお、そんなにすらりとした女に思ってたの」と言うときわたくしの親しみの手はひとりでに雛妓の肩にかかっていた。
「お座敷辛いんでしょう。お客さまは骨が折れるんでしょう。夜遅くなって眠かなくって」
それはまるでわたくしの胸のうちに用意されでもしていた聯句のように、すらすらと述べ出された。すると雛妓は再び幼い商売女の顔になって、
「あら、ちっともそんなことなくてよ。面白いわ。――」
とまで言ったが、それではあまり同情者に対してまとも[#「まとも」に傍点]に弾《は》ね返し過ぎるとでも思ったのか、
「なんだか知らないけど、あたし、まだ子供でしょう。だから大概のことはみなさんから大目に見て頂けるらしい気がしますのよ。それに、姐《ねえ》さんたちも、もしまじめに考えたら、この商売は出来ないっていうし――」
雛妓は両手でわたくしのあいた方の手を取り、自分の掌を合せて見て、僅《わず》かしかない大きさの差を珍らしがったり、何歳になってもわた
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