した。しぼは普通で赤地に白で松竹梅などの柄が出てゐました。ヒワ色、褪紅色の無地ちりめん兵古帯など小学校から女学校時代袴下にしめました。
 娘時代のある時、歌舞伎の舞台で見た若い芸妓のちりめん浴衣にすつかり魅せられました。白ちりめんへ桐の葉を写生風に染め抜いてあるのを殆ど素肌に着てゐました。うらやましくて、私のこしらへたのはしかし、さすがに墨色では粋すぎるので薄紫で菱形を大きく出して見ました。純粋なちりめん[#「ちりめん」に傍点]を素肌に着た気持ち――一応は薄情なやうな感触であり乍らしつとりと肌に落ちついたとなると、何となつかしく濃情に抱きいたはられる感じでせう。その味の深さ、やるせなさは忘れられるものではありません。
 風にあたつても、雨にふられても、うちへうちへと、しつとりくぼめ[#「くぼめ」に傍点]の抑へをひきしめて、一緒に泣いてでも呉れるやうな、なさけ[#「なさけ」に傍点]はちりめんの着物よりほか持つてゐません。
 今のちりめんでは、綿紗とか西陣とか小浜とか立派な名を持つてゐるのより、むしろ名もないたゞの地になつて、やたらに友染の染め下地になつてるやうな普通のちりめん[#「ちりめ
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