た。だが口を開くと、ずばずば物を言った。朝子は、変化のない庭守を三四代も続けていると、一種の変質者が生れるのではないかと思った。
 雪もよいの空ではあるが、日差しに張りのある初春の或る朝であった。
「奥さん、長靴を穿《は》こう。孔雀《くじゃく》に餌《えさ》をやりに行くんだ」
 島吉は、男用のゴムの長靴を椽先の沓脱《くつぬ》ぎの上に並べた。「裾《すそ》をうんとめくりよ。霜が深くて汚れるよ」なるほど径は霜柱が七八寸も立っていて、ざくりざくりと足が滅込《めりこ》むので長靴でなければ歩けないのだ。
 ほのかな錆《さ》びた庭隅に池と断崖とが幾曲りにも続いて、眺めのよい小高見には桟敷《さじき》や茶座敷があった。朝子は、何十年か、何百年か以前、人間が意慾を何かによって押えられた時代に、人間の力が自然を創造する方面へ注がれた息づきが、この庭に切々感じられた。
「ここに鼬《いたち》の係蹄《けいてい》が仕掛けてあるよ」「あれが鵯《ひよどり》を捉える羽子《はご》だ」そして、「茸《きのこ》を生やす木」などと島吉が指さすのを見ながら、これが東京とは思えなかった。月日のない山中の生活のようだ。
「島吉つぁん、学校
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