らう。かすかに伝ひよる衣ずれの音。そこはかとなく心に染むそら薫《だき》もの。たゆたひ勝ちにあはれを語る初更のさゝやき。深くも恥らひつゝ秘むる情熱――これらの秋は日本古典の物語に感ずる風趣である。秋それ自身は無口である。風と草の花によつて僅にうち出づる風趣である。だが、かそけきもの、か弱きもの必ずしも力なしとはいへない。しなやかさと真率なることに於て人生の一節を表現し巌《いわお》の如き丈夫心をも即々と動かす。上代純朴なる時代に男女の詠めりし秋草に寄する心を聞けば

     日置《へぎの》長枝《ながえの》娘子《をとめ》
  秋づけば尾花が上に置く露の消ぬべくもわが念《おも》ほゆるかも
     大伴家持
  吾が屋戸《やど》の一枝萩を念《おも》ふ児《こ》に見せずほと/\散らしつるかも

 萩、桔梗、女郎花は私に山を想はせ、刈萱は河原を、そして撫子と藤袴は野原を想はせる。これ等はその生えてゐる場所にかうはつきりした区別が勿論あるわけではないが、私はかういふ連想を持つのである。それは幼い頃野山を歩いて得た印象からかも知れない。
 私は秋の七草の中で萩が一番好きだ。すんなりと伸びた枝先にこんも
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