期待を持ち、翌朝になつて先づ朝顔棚に眼をやり、濃淡色とりどりの大輪が朝露を一ぱいに含んで咲き揃つてゐる清々しさに私達は一入《ひとしお》早暁の涼味を覚える。ある貧しい母のない娘が背戸に朝顔を造り、夕に灯をつけてその蕾を数へ、あしたは絞りの着物が三つ、紺のが一つ仕立つと微笑んだのをいぢらしく見たことがある。だが、秋の七草に含まれる朝顔は夏の朝咲くいはゆる朝顔――これを古字にすれば牽牛子又は蕣花と書く――ばかりではなく、木槿《むくげ》と桔梗をも総称してのものである。さういへば木槿も桔梗も牽牛子と同じやうに花の形が漏斗《じようご》の形をしてゐる。
七草は野生の植物で、花の色は女郎花の黄を除いてみな紫か紫系統である。秋の野花のいろは総じて紫か黄、白で、精々華やかなものでは淡紅色がある。いづれも夏草に見る情熱の奔騰する激しさはなく、近寄つて見なければその存在さへもはつきりしないほどに慎ましく控え目である。秋は森羅万象が静寂の中に沈潜してゐる。空は底深く澄み、太陽は冷めて黄ばみ、木の葉は薄く色づく、野末を渉る風さへも足音を秘めて忍び寄る。かゝる自然の環境の中に咲く秋草もまた自ら周囲に同化するのであ
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