もやつて見なさいと、言はれましたので……」と言ひ訳をしたのであつた。すると先生は「誰にすゝめられても悪い事をすればいけません。他人のせいにして自分のいけない事を言ひ訳しやうとするのは、大変卑怯な事です」と更にたしなめ[#「たしなめ」に傍点]られた。
 私は子供心にも先生から卑怯だと言はれた事を非常に恥かしく感じ、以後、他人の悪い事を見ても告げ口する事が出来ず、まして自分の事を他人のせい[#「せい」に傍点]にしたりする事が出来なくなつた。それは、初めのうちは、告げ口し度い気持が起つても愈々口に出さうとすると、嘗て先生に卑怯だとたしなめられた事が頭に浮んで私の口を引き締めてしまふのであつたが、それが段々進んで精神学的に意志制止症と言はれる程までになると、もう先生に卑怯だと言はれた事を思ひ出さずとも自然と口をつむんでしまふといふ極端な癖が付いてしまつた。
 少女時代、他人の非難とか自分の事に就ての言ひ訳などを除いて、どんな話題があるであらうか。これ等の事を絶対にしやべれないとしたら少女の話は仲々スムーズに進むものではない。従つて私は無口で鬱屈した、他人から見て幾分重苦しい少女になつてしまつた
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