すからね」と云い残して、素早く立ち上って階下に下りて行った。多可子はその後を追って玄関まで見送ると、華岡は振り返って、先程の寛三の言葉に対する弁明とも思われるようなことを云った。
「いろいろ薬も変えてみていますが、どうもよくならないのです。年が若いだけいけないですね」

 政枝の手首の傷が殆ど癒着して、しかし胸の病の熱の方は、日増しに度を増して来た時分、戦争が始まった。日に二三度も号外がけたたましい鈴の音を表戸にうち当てて配達された。
 その頃から不思議に政枝の気分は健康になり、時には明るい興奮さえ頬に登るようになった。
 町の人は町角で――政枝は床に起き直って家の女手に向って頼みに来る千人針を二針三針縫った。
 政枝はラジオ戦勝ニュースを聴くのを楽しみにした。
 戦況はどんどん進んで行った。
 夏から秋になった。
 病少女はもはや瀕死《ひんし》の床に横わっていた。

「万歳! 万歳!」という勇ましい出征兵士を送る町の声々が病少女の凍って行く胸に響いた。すぐ近くのものと川向うらしいのと強弱のペーソスが混った。
 政枝の薄板のようになった下腹に、ひとりでに少し力が入った。
 政枝は自分で
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