女性の不平とよろこび
岡本かの子

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)欠伸《あくび》を

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)有史以来|圧《おさ》え

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)ためて[#「ためて」に傍点]
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 女が、男より行儀をよくしなければならないということ。
 人前で足を出してはいけない、欠伸《あくび》をしてはいけない、思うことを云《い》ってはいけない。
 そんな不公平なことはありません。女だって男と同じように疲れもする、欠伸もしたい、云い度《た》いと思うことは沢山《たくさん》ある。疲れやすいこと欠伸をしたいことなどは、むしろ男より女の方がよけいかもしれない。それだのに、なぜ、昔から男は、食後でも人前でも勝手《かって》に足を出し欠伸をし、云い度いことも云えるのに、女にそれが許されないのだろう。
 外側をためて[#「ためて」に傍点]ばかりいると、内側の生命が萎縮《いしゅく》してしまう。
 男が伸々《のびのび》と拘束《こうそく》なしに内側の生命を伸《のば》す間に、女は有史以来|圧《おさ》えためられてそれを萎縮《いしゅく》されてしまった。
 生理的から観《み》ても、女の肉体は男より支持力に堪《た》えがたい、乳房の重み、腰部《ようぶ》の豊満《ほうまん》、腹部も男より複雑であります。
 殊《こと》にこの特長の発達している私には食後の大儀《たいぎ》なこと、客人《きゃくじん》の前の長時間などは、つくづくこの女子にのみ課せられた窮屈《きゅうくつ》な風習《ふうしゅう》に懲《こ》りて居《い》ます。
 この頃ではこの議を随分《ずいぶん》自分から提唱《ていしょう》して、乱れぬ程度でこの女のみに強《し》いられた苛酷《かこく》な起居《ききょ》から解放されて居るには居ます。思い出しました。四五年前の与謝野《よさの》家の歌会《うたかい》の時、その座のクインであった晶子《あきこ》夫人が、着座《ちゃくざ》しばらくにして、上躯《じょうたい》を左方に退《ひ》き膝《ひざ》を曲げてその下から一脚《ひとあし》を曲げて右方へ出されました。夫人特有の真白い素足《すあし》が、夫人の濃紫《こむらさき》の裾《すそ》から悠々《ゆうゆう》と現われました。
 夫人は、これだけのムードを事もなげな経過ぶりで満座《まんざ》のなかに行われたのであ
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