。源兵衛さまも同じこと。一日じゅう、あっちへ行ったりこっちへ行ったり。なんと言う験《げん》の悪い日だろう。わたしゃもう草臥《くたび》れてしまった』
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(材木のところへ来て、その一つに腰かけ、膝へ頬杖突いて吐息つきながら思わず御影堂の棟を顧る。はっとして合掌。)
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おくみ『「忘れまいぞえあのことを」「忘れまいぞえあのことを」(此の言葉を言うとき念仏の句調、以後同じ)ああ、わたしとしたことが、また瞋恚《しんい》の焔炎《ほむら》に心を焼かれ勿体《もったい》ないお上人さまをお恨み申そうとしかけていた。「忘れまいぞえあのことを」「忘れまいぞえあのことを」お上人さまとて折角《せっかく》出来た此の御堂に、そりゃ常住おいでなさり度《た》いのではあろうけれど、聴けばいろいろ御公事に就《つ》いての御奔走、それを欠いてまでわたし一人の為めにお待ちなさりょう筈もなし。こりゃお留守なのが当り前だ。だが源兵衛さんはどうしても腹が癒えぬ。わたしが今日こそ年一日の暇を取って、訪にょうとは兼々《かねがね》知らしてあるのに。家へ行
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