まに散って行こうぞ』
源兵衛『もうすっかり、気が落附きました。さらば父者』
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(西に向き直る。)
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源右衛門『うむ、よい覚悟。わしもあとから直きに行く』
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(刀を抜いて源兵衛の首を打落す。袖を千切って首を包む。)

(幕、落ちる。)

(正面、三井寺の山門。左右へ厳重な柵が立ち並んでいる。柵内柵外の木々の紅葉は大分散り果てたが、それでもまだ名残《なごり》の色を留めて居て美しい。柵の前に燃え尽きた篝《かがり》が二三箇所置いてある。赤松の陰に「山門制戒」の高札も立っている。
法衣の上に頭巾、冑や腹巻をつけた法師が得物得物を執って固めている。武装した稚児も交っている。遠くで大勢の読経の声終る。)
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法師一『何奴《どいつ》だ、そこへ来たのは』
源右衛門(刀を提げ立《たち》はだかったまま)『本願寺浄土真宗、本寺のものだ。山科より使いに来たと、和尚さんへ取次いで下せえ』
法師二『言葉も知らぬ下司《げす》なおやじ奴《め》。その上に刃《やいば》なぞ抜身で携《さ》げ、そもそも此処《ここ》は何《いず》れと心得居る。智証大師伝法|灌頂《かんじょう》の道場。天下に名だたる霊域なるぞ』
源右衛門『言葉が悪くばあやまります。何はともあれ、お預け申した開祖様御影像を、礼物持って受取りに来ました。さっと此処を通して下せえ』
法師三『ならんならん』
法師一『狼藉《ろうぜき》いたさば、そのままには捨て置かんぞ』
法師二『比叡の山法師の拳固の味とはまた違った三井法師の拳固の味、その白髪頭に食って見たいか』(拳を振り上げる)
源右衛門『事を別《わ》けて頼んでいるのに、どうしても通さぬと言うなら、腕立ては嫌いな源右衛門だが仕方もねえ。琵琶湖の浪で鍛え上げた腕節《うでっぷし》。押しても通るが、それで承知か』
法師達『何を小癪《こしゃく》な』
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(源右衛門と法師達と睨《にら》み合って詰め寄る。朝の勤行を終え、衆僧を従えて門内を通りかかった円命阿闍梨、立出る。)
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阿闍梨『これ待て、一同』
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(源右衛門、法師等、そこへ
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