にもかかわらず、主人は自分が慈悲を行って居ることに満足を感じて居たでしょう。自分の「志」を立てることばかり考えて居た主人は、それがために相手が、どんな不自由や迷惑を感じて居るかに気がつかなかったのです。つまり自己満足、利己主義の慈悲とはこういうことなのです。
 有がた迷惑の好意についても一つ云えば、某外国に一百六十歳近い長寿者がありました。皇室ではそれをよみせられ、召し上げられて飽衣美食でもてなしました。長寿者はたちまち死にました。粗食故に長寿して居た生命が、美食に遇ってたちまち破損して仕舞ったのだそうです。
 要するに本当の慈悲とは、相手の立場や本質を考え、自分の慈善的感情本位でない施行《ほどこし》に於いて本然の達成が遂げられるのです。



底本:「日本の名随筆13・心」作品社
   1984(昭和59)年2月25日第1刷発行
   1990(平成2)年10月31日第15刷発行
入力:渡邉つよし
校正:菅野朋子
2000年6月3日公開
青空文庫作成ファイル:このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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