小学校へ上ると、私は習字の先生の字を注目した。その先生の字は、上級生の間では、奇麗で上手だといふ評判だつた。だが、私の目には何の感動も与へず、つまらないものに見えたので、私は却つて不思議に先生の字を気にした。何と批評していいのか、その当時の私は幼くて言ふことを知らなかつたが、今に回顧してみて奇麗でも何だか薄つぺらな字といふ感じであつて、それまで養育母に就て二三年間も固い字ばかり書いてゐた私は、全く感じの違つた字に逢つて戸惑ひしたらしかつた。
 私はその先生から「漢字はとても立派ですが、仮名は固すぎます……字をそんなに大きく紙一ぱいに書くものではありません」と何度も注意された。私はいつも大きな字を書いてゐた。
 兄弟が無[#「無」に「ママ」の注記]かつたので、正月の書初めは母屋の胴の間の鴨居から、品評会のやうに貼り下げられた。私のものは矢張り大きな漢字であつた。習字の先生が年賀に越されて、私の書初めを眺めながら「かう漢字ばかりでは私のなほしてあげるところはありませんね」と言つて、何だか私を手に負えない者のやうに見て困つた顔をして笑はれた。私は幾分得意のやうでもあつたがそれよりも、何処か
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