飲んでは大方ばあやと遊んで帰って行った。かの女は青年が表面は、ばあやと遊んでいても心はかの女に接触している満足で帰って行くのが解っていた。かの女は青年の表面の恬淡《てんたん》さにかえって内部の迫真を感じた。これが青年のいつぞや云った「素焼の壺が二つ並んだような男女の関係」に近いものとして、青年が満足しているのではないかと思えば、青年に対して段々あわれみと好意が持てるようになった。
青年は親しみを増して来るにつれ、あらわに自分の生命の奥にひそむ寂寥をかの女に訴える言葉が多くなり、かの女はそれにあまり深くひき入れまいとする用心で、いよいよ内気を守った。それがなおなおかの女の態度を真剣に沈み入り気重にさせるようになって来た。
「こんないい陽気に内にばかりいらしってもお毒ですから、明日あたり重光さんはお嬢さまを、散歩にでもお連れなすってはいかがですか」
ばあやは青年一人にかの女を預けるのを何の不安もなげである。かの女もまた………この青年にかぎって不安を感じることが寧ろ自分の恥のようにさえ思われる。
「そうですね」
と重光は考えていたが
「だいぶ永い間ご馳走になりましたから、それじゃお嬢さんに一度ご馳走のお礼返しをしましょう。――さあ、どこがいいかなあ………。藤の花の咲いているところへでもご案内しようかな」
久し振りで外出するかの女は嬉しかった。初夏の午前の陽は鮮かに冴えていても、肌に柔かかった。久しぶりに繃帯押えを外して外光に当てる視覚は、いくらか焦点をぼかして現実でもなく非現実でもない中間の世界を見出した。
白い砂と碧い池の上に太鼓橋が夢のように架っている。あちこちの松の立木が軽く緑を吹きつけたように浮いている。拍手の音がする。温い松脂の匂いがする。
「あんまりいい気持ちで眠たくなっちまう……」
ついかの女はそういって、あとからついてくる男の連れに向って、あまりはしたない言葉ではないかと気が咎《とが》めた。すると青年は顔を緊張させて
「あなたが始めて僕に本当の気持ちで打ち解けたことを仰《おっしゃ》った――ははは」
と痛快げに笑った。
社殿へ参詣して再び池の端へ戻ってから、青年は云った。
「この池に懸け出した藤棚の下の桟敷の赤い毛布の上で、鯉を見ながら葛餅を喰べるのが、ここへ来た記念なのですが、あまり人が混んでますから、別の所へ行きましょう」
荷船の繋が
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