稚かった。兄の語る言葉の内容を兄と同程度に懐疑し悲哀に感じつくすにしてはまだあまり稚い乙女であった。愛する兄の悲哀や懐疑になやむ姿がただただいたましく悲しかった。兄妹の行き着くべき大家族の家の近くに武蔵野を一劃する大河が流れていた。日は落ち果てて対岸の燈が薄暮の甘い哀愁を含んでまばらにまたたいている。
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――君。ちょっと休んで行こうよ。
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 兄は道路からすこし入った疎林の樹の根に腰かけて今一つの樹の切り株を妹に指し示した。妹は素直にハンカチを敷いて坐った。兄は袂《たもと》から真白なものを一本取り出し指先でしゃりしゃり一端を揉み始めた。
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――あら、兄様、タバコ吸い始めたの。
――ああ。
[#ここで字下げ終わり]
 兄は、まだ稚気の抜け切らぬ愛らしく淋しい青年の顔を妹の方へ向けて笑った。
 正午、日はうらうらと桃花畑に照り渡り、烟《けむ》り拡がっているのであった。兄は妹と長い堤を歩いて居た。
 向うから、目鼻立ちのよく整い切った色白の村娘が来た。乙女はうやうやしく兄妹に頭を下げ
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