ていながら袴《はかま》の裾《すそ》の処がうすら冷たくずっと下の靴できっちり包んでいる足の先は緊密に温い。道の土がかわいて処女の均整のとれた体重を程よくうけとめて呉れる。二人は、わざと電車に乗らないのだ。歩けるまで春の武蔵野を歩いてみたいのだ。
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――きみい(君)
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と兄は妹へ話す話頭の前にかならず、こう呼びかける。外国文学を読み耽《ふけ》る兄が外国の小説の会話で一々「ねえ、イヴァン・イヴァノヴィッチ」とか「マドモアゼル・イヴォンヌ、あなたは」とかに馴れているせいか、と文学好きな妹は、フランス語の発音に適する兄の美しい男性的な声調に聞き惚れているのだ。だが、兄の語る言葉は、淋しくうら悲しい、思春期のなやみに哲学的な懐疑も交っているのだ。
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――国木田独歩は「驚き度《た》い」と言い続けながら、あんなにも運命の偶然性、(前に独歩の小説運命論者を兄は妹に言って聞かせていた)を恐れているのだ。僕達青年も刹那《せつな》主義や自然主義に人生の端的を教わりながら、実はその一方に、人生の永遠
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