性を求めて止まないんだ。地球があと何万年したら冷えて人類の滅亡が来るとするか僕達の永世をかけての文学と哲学も同時に滅亡することを考えても怖ろしいじゃないか。
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……また
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――僕達がこうして自然に憧憬《しょうけい》して此処《ここ》を歩いているね。僕達は落つる太陽を睨《にら》み、小鳥の声に聞き惚れ、森を愛し道路を懐《なつか》しんでさ、そして口笛を吹いたり君と合唱したりね……こんなに自然を愛して自然に打ち込んでいたって自然は果して僕達を愛しているだろうか、愛しているだろうかよりむしろ非常に無関心じゃないのかい。今、突然僕か君が此処で倒れたっきりで死んでしまうとするね。その時、あの森の樹の枝の一つだって死んだ僕達のために感動するだろうか。恐らくそのために、あの樹の枝の若葉の一つだって風に微動する程にも感動しないだろう。(自然が人間に対する無関心はツルゲニエフの猟人日記中、森で樵夫《きこり》が倒れ、大木の下積みになりその大木が樵夫を殺す作を見てから兄が一層痛感しているのであった。)
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だが、妹はまだ稚かった。兄の語る言葉の内容を兄と同程度に懐疑し悲哀に感じつくすにしてはまだあまり稚い乙女であった。愛する兄の悲哀や懐疑になやむ姿がただただいたましく悲しかった。兄妹の行き着くべき大家族の家の近くに武蔵野を一劃する大河が流れていた。日は落ち果てて対岸の燈が薄暮の甘い哀愁を含んでまばらにまたたいている。
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――君。ちょっと休んで行こうよ。
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兄は道路からすこし入った疎林の樹の根に腰かけて今一つの樹の切り株を妹に指し示した。妹は素直にハンカチを敷いて坐った。兄は袂《たもと》から真白なものを一本取り出し指先でしゃりしゃり一端を揉み始めた。
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――あら、兄様、タバコ吸い始めたの。
――ああ。
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兄は、まだ稚気の抜け切らぬ愛らしく淋しい青年の顔を妹の方へ向けて笑った。
正午、日はうらうらと桃花畑に照り渡り、烟《けむ》り拡がっているのであった。兄は妹と長い堤を歩いて居た。
向うから、目鼻立ちのよく整い切った色白の村娘が来た。乙女はうやうやしく兄妹に頭を下げ
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