―実学も突き詰めてみると、幻の無限に入って仕舞う。時と場合と事情に適応した理論が、いつでも本当ということになる。この無限の大自在所に突き抜けてみると、ありがたいが、おれ見たいな人間には少し寂しい気がする。それでまあ、おれのパトロンの青山修理のこの抱地に一軒空いてる小屋があるというので、引込んだのさ。
――引込んだらなお寂しいだろう。
――こうやって眼を開いて、うつらうつら夢をしばらく見てるのだ。
――卑怯《ひきょう》な逃避趣味だね。
――そういう貴公が、こどもらしい餅花など買っているじゃないか。
――こりゃちょっときれいだったので。
――ご同様さまだ。
――どうも手に負えんな。
――何ももてなしがない。これでも食うて見るか。この向うの御用屋敷内の御薬園で出来た甘藷だ。
――これが評判のさつま芋というものか。町方では毒になるといったり、薬になるといったり、諸説まちまちだ。河豚《ふぐ》は食いたし、命は惜しだな。
――貴公までそんなことをいう。やがて三つ児まで、駄菓子のように食い出すよ。
――こりゃあやしいまで甘い。だが怖い気もする。
――怖い気がするからあやしいまでうまいのだ。
――はあ、そうかも知れん。おっと忘れていた。貴公に土産《みやげ》を持って来た。上酒だぞ。
――ほほう、そりゃ忝《かたじ》けない。しばらく酒も飲まんな。折角の酒を何も肴《さかな》がのうては。
――(空の具合を見廻して)どうだ、この黄昏《たそがれ》の冬木立を賞美しながら、雑司ヶ谷あたりまで行かんか。あすこなら、芋田楽《いもでんがく》なり雀焼なり、何ぞ肴が見付かろう。
――そういう風流気はないが、貴公行きたければ同伴しよう。
――戸締りはせんのか。
――盗人が入っても盗らるるものは只今剥き捨てた甘藷の皮ばかりだ。
――は、は、は、は、は。
――は、は、は、は、は。
[#ここで字下げ終わり]
二
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欅《けやき》の並木の間に葭簾《よしず》で囲った茶店一軒。
遠見に鬼子母神の社殿見ゆ。
[#ここで字下げ終わり]
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――冬の月、骨身に沁みて美しいが、生憎《あいにく》と茶屋は締ってしまった。
――こんな時刻に来るものはあるまい。あれば、大概、無理な願かけの連中ぐらいだ。
――もしもし。
――呼んだのは、君か、すこぶる美女
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