あった。
「そら、また慶四郎さんの夢が始まった……だが、こんどのはどんな夢」
「つまり、こういうんだ。あんたを一度この村へ連れて来て、このきれいな水で遊ばしてみたい。こんどの夢とはこれさ」
千歳はそれを奇矯とも驚かなかった。彼女の周囲の音楽家達は、作曲に苦心するとき、霊感《インスピレーション》やヒントを得るために、普通では気狂い染みたと思われる所業も敢てする。現に慶四郎の傑作の一つとなっている新箏曲の小品「恋薺《こいなずな》」は、正月の七草を昔風に姉の仲子にはや[#「はや」に傍点]させて、その姿なり感じなりから取って慶四郎が作った新古典風の作品である。その時、羞《はずか》しがって俎《まないた》で野菜をはや[#「はや」に傍点]して切っていた姉の姿はおかしくも美しかった。
だが、それは家の内でのことであった。こういう自然の風物の中で強いて一つの作業をさせられるのは、さすがに濶達《かったつ》な千歳にも俳優のロケーション染みて気がさした。
「あなたの今度の夢ってほんとにそれ? そのため、病気だなんていって私を呼びよせたの」
慶四郎はむきになった声音で、
「僕は現実のことだと、ときどき出鱈
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