《あと》のような四つの小さい窪みのできる乙女の手は、いま水晶を溶したような水の流れを遮《さえぎ》る――水は潺湲《せんかん》の音を立て、流勢が勝って手に逆《さから》うとき水はまた淙々《そうそう》と響く。
「よし」
暫くして慶四郎が夢から醒めた者のうめき[#「うめき」に傍点]のような声をたてた。
「僕が望んでいた曲の感じを掴えたよ、ありがとう千歳さん」
二人は夕方、元箱根の物静な旅館に入った。入浴が終ると千歳は縁側に出て空を仰ぎながら言った。
「もう暮れ出したのね。私そろそろ東京へ帰らなければ」
すると慶四郎はつかつか立って来て千歳の傍へ来た。そして率直に言った。
「東京へ帰らないで、これから僕と一緒に何処《どこ》までも行ってお呉れ、千歳さん」
「まあ、何故」
「僕、今度、またすばらしい夢を思いついたんだよ」
千歳はとうとうこんな事になったのかと溜息をした。と同時に急に姉の泣き笑いの顔、それによく似た亡き母の面影までも二重になって千歳の眼に泛《うか》んだ。千歳はおろおろ声になって、
「後生《ごしょう》だからそんなこと言わないで、あなたはお父様にお詫びして姉様と一緒になって――」
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