い顔と、白く光って細い指の可愛く素早しっこい小突き方は、妙に邪険で、男達をわあーと後へ二三歩飛び去らせた。男達は息を呑んだ。でもワルトンは、小癪《こしゃく》に触って不満そうに停って居るジョーンより前方へ進み出て、右腕を伸し人差指を剣のように前へ突き出し、左腕を上へ直角に曲げ、決闘の型でアイリスに迫った。
――さあ、我れこそはドンキホーテ、いざ一本参らん。
ワルトンの今までの経験に依ればアイリスは可なり複雑な性格の女に思えた。時折り彼は彼女をどう扱ってよいか解らなかった。今も彼はアイリスが変にいこじで意地悪な雌《めす》に見えた。彼女は、また今のワルトンを非常に出過ぎ者で洒落臭《しゃらくさ》く感じた。
――何を失礼な、姫君に向って。
アイリスは陽の斜光を背に向けて身構えた。
陽に透けて白髪のように見える淡黄色の髪にぼかされ、彼女の顔は細長く凹んで見える。ワルトンの人差指が、狙《ねら》って来る蛇のようにアイリスの咽喉先きに迫ると、彼女は不意の圧迫に堪えられなくなった。
――嫌やよ、気持ちが悪い。ジョーンとやりなさい。
そう言って、アイリスはくるりと向きを変え、決闘場跡の芝生の向う側まで駈けて行った。彼女は二人の男達が近づいても、其処にぼんやり停って足下の芝草を見て居た。が、やがて又唐突に男達の顔を代る代る等分に見並べた。そして探るように言った。
――あんた達、決闘をやって御覧。
彼女は遥《は》る遥《ば》るロンドンの下町から地下鉄やバスに乗って、此の男達に連られて来たのであった。乗換えや色々で小一時間の行程と、絶えず左右から挟まれて感ずる異性の漠然とした刺戟のために、彼女は可なり疲れて居た。露骨なワルトンよりも落ち付いて鷹揚《おうよう》そうに見えるジョーンから寧《むし》ろ彼女は重苦しい圧迫を受けて居た。兎《と》も角《かく》、彼女は疲れた。男達を暫し離し度くなった。然《しか》し男達が全く彼女からすっかり離れてしまっても彼女は淋しくて堪えられまい。彼女は男達を少し離れた彼女の傍に置きたかった。男達の注意を余り彼女に向けないように、而《しか》も、男達が全く彼女に無関心になり切らない程度で――兎に角、アイリスは一息つきたかった。芝草の上に坐って大きな楽な呼吸が五ツ六ツしたかった。それから眼を瞑《つむ》って、草の軟かな香りを嗅ぎながら何か心を整えて呉れる考えに自分を
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