、太郎の眼にマヽが綺麗でなかつたら――わたしはお化粧をします。今日は恋人の為にではありません。
 わたしは学びます。唐うたを、やまと言葉をフランス語を。そして知らうとします、哲学を宗教を。また絵を文学を、音楽を味ひます。けふのそれらは単にわたしの欲求や嗜好ではありません。太郎のマヽは優れた思想や感覚を持たねばなりません。わたしは学びます。唐うたを、やまと言葉をフランス語を。そして知らうとします哲学を宗教を。また絵を文学を音楽を味ひます。それゆゑ太郎の着物の綻びも縫うてやるひまがありません。太郎は、ぶつぶつ云つて居るやうです。しかし、いまに御らんなさい。太郎はやがて、唐うたを、やまと言葉をフランス語を学び、そして哲学を宗教を知ることによつてよき思想を持ち絵や文学や音楽を味つて充分官[#「官」に「ママ」の注記]覚の洗練されたそのやうなマヽを持ち得るでせう。太郎は、綻びの着物の前をかき合せながら、そのやうなマヽを持ち得たプライドに満ちて幸福でせう。
 今日からお金まうけを始め度いのです。わたしの下手な詩でも買つて下さい。
 わたしはお金をまうけて、恋人に香ひの好い煙草一箱買はうとするのでもあ
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