嘘です。私はあなたを、どうかして独自性のある立派な画家に仕立てたかつたのです」桂子は堪らなくなつて、思はず小布施の半ば剥いでゐた掛蒲団に手をかけて、「たゞそれだけだつたのよ。利己的や遊戯的の気持なんか微塵もなかつたのよ」
小布施はだん/\疲れて来た。
「嘘ぢやない本当です。そしてそれは擬装した愛なのだ。生命量の違ふものゝ間に起る愛は悲惨だ」
今は桂子も小布施のいふことが或ひは尤もかとも思へた。だが、それよりも何よりも、小布施がもはや自分に全く関係のない人間であるのに気付いて、俄かに泣き崩れて仕舞つた。
「けど、私はあなたのいふやうな強いばかりの女ではありません。もう何も張り合ひがなくなりました」
小布施は体に一つ大きく息を入れて起き上り、憐み深く桂子の肉付きのいい背を撫でながら、
「なんだ/\。大きな体をして、三十八にもなつて、美人の癖に。ちよつとの間は辛らからうが、君の弾力性が承知しないよ。君はまたぢきにむく/\と起き上るから」
桂子はいふべきことをいはねばならぬと思つた。
「せん子とのことは、あれは私に面当てなの?」
「いや、さうぢやない」と小布施は撫でゝゐた手をぴたりと止
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