ら、良い煎茶があつたら貰つて来て呉れつて――」
桂子は煎茶の箱を探して、それと当分の費用の金包みを添へてせん子に渡してやつた。せん子は小ぢんまりした若妻のやうな後姿を見せて帰つて行つた。
「せん子の帰らないうちに早く聴かせて頂戴。私はせん子にこんな話をちつとでも知せたくはないから」と桂子はいつた。小布施の病室である。桂子は思ひあまつて、忙しい中を訪ねて来た。せん子がいつも銭湯に行く習慣の夜更けを知つて来たのを、桂子はつく/″\自分も人の留守を覗ふ身分になつたかと情なく感じた。
「頭も悪くなつてるし、もう何も彼もどうでもいゝと思つてるし、返事をするがものはないが――」
小布施は枕を支へにやつと腹匍ひになつた。
「訊くなら云つてもいゝ。君と僕は昔から本当は愛し合つてたのだ。」
小布施はまるで他人事のやうに淡々といつた。
「私も急にそれに気がついたの。でも、どう考へても永い年月の間に結婚する気が起らなかつたの」
桂子も相手の調子に並んで声だけ淡々とさせていつた。
「不思議な同志さ。君には何か生れない前から予約されたとでもいふ、一筋徹つてゐる川の本流のやうなものがあつて、来るものを
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