」に「ママ」の注記]デージー、松葉菊、王不留行《わうふるぎやう》、ベ[#「ベ」に「ママ」の注記]チユニヤなど――そしてこれ等の花々は白、紅、紫、橙いろ、その他おの/\の色と色との氈動を起して混り合ひ触れ合つて、一つの巨大な花輪となる――すると幾百本、幾千本とも数知れない茎や葉や幹は、また合して巨大の茎となり葉となり幹となつて、一つの大花輪の支へとなる。
 其処に力声が発する。
「吽《うん》! 吽《うん》!」
 白玉の汗が音もなく滴り落ちて大地に散り浸む。大地はいつの間にか透けて、地中で白玉の数本の根枝に纒められて、地上のものを、また支へてゐる巨根がカツーン映画の影像のやうに明かに覗かれる。其処から力声が出る。
「吽《うん》! 吽《うん》!」
 これは人類に機械的神秘性の体系を立てようとしたジユールロマン[#「ジユールロマン」に「ママ」の注記]の旧いユナニミズムの精舎《アベイ》の姿かと、桂子は夢との境の半意識の裡に想ふ。
「――」
 これは詩人クローデルが大胆不敵にいひ除けた、「主は現代の停車場にも、劇場にもある」といつた、韻致カソリシズムの象徴かと桂子は想ふ。
 その他、「何々」「何々」
「――」「――」
 桂子が芸術に携はつてからの生涯の折々に、かの女の息を詰める程に感銘させ、すぐまた急ぎ足に去つて行つたいくつかの思想、――それはどんなすさまじい意気のものであらうが、不思議なことには、みな優しい女を労る女性尊重《フエミニズム》の天鵞絨のやうな触手を持つてゐた。それらが、いま桂子の夢の意識のなかに歴訪する。
「――」「――」
 花は一つも頷かない。
 たゞ、「吽! 吽!」と力声を出して、白玉の汗をきらり/\滴らしてゐる。
 ひよつとしたら花は思想以前のものであらうか、実感上に蟠る、無始無終、美の一大事因縁なのではあるまいか。一大因縁なるがゆゑに、誰人もこの美をどうすることも出来ない。とすれば、それは既に地上の重大な力でもあるか。
 高雅で馥郁として爽かにも物錆びた匂ひがする。稽古所の方で教へ子たちが水上げをよくするため、切花の芍薬の根を焼いてゐるのだと、うつら/\夢から覚め際の桂子は想ふ。桂子の心はしめやかに全意識を恢復して来る。すると、夢のなかの巨大な花は、徐ろに現実の一つ一つの花壇の花となつて一つの巨輪から分裂し、もとの花壇のめい/\の位置に戻つた。


 せん
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