ゝなるとたとへ親切に慰められるのさへ好まなかつた。桂子などには反語で皮肉な応酬をするやうに、いつからか癖のやうになつて来た。
 桂子はうそ寒く両袖を掻き出した。そして庭を見た。庭は先日までの花壇を取り除けて仕舞つて、俄苔を貼つた平地のところ/″\に石と寒竹だけが配置されてあつた。半月程稽古に忙しくて、桂子は来られなかつた代りに、せん子を時々見舞はしたのだが、かの女は庭に就いて何の報告もしなかつた。桂子は気がついて、
「いつ庭をかへたの。せん子は何とも云ひませんでしたよ」
「十日ばかり前に。どうせ僕も長くないと判つたから、植木屋を呼んで三日ばかりで急いで慥へて貰つたのさ。この部屋とこの庭は、あなたより他誰も入れたくない。死ぬまで僕一人で満喫する積りだ」
 夕陽が隣の瓦屋根の角と後塀の上を掠つて庭に落ちる。竹も石も片側茜色になつて、反対側に影をひいた。風が来て竹が戦いだ。
「新植の竹でも一人前に葉擦れの音をさせるから妙さ。僕は夜一人でこれを聞いてゐると、十七八年間馬鹿あがきの疲労が一時に捌かれるやうな気がする。もつとも、その下からちよいとした感傷の古傷が顔を出さないこともないがね。まあ、たいしたこともないさ」
 蒼冥と暮れ行く薄暮の裡に、中庭は神秘的に燻んで来た。
「兎に角、人間終末には枯淡な東洋趣味がいゝよ。あつさりしてゐて」
 桂子は余りに多く、余りに一時に攪拌された心を始末しかねて、言葉少なに電灯をつけ、そこらの食器を片付けて、持つて来た金包みを小布施の敷布団の枕の下へ押し込み、
「兎に角、せん子を当分こつちへ世話に寄越しときませう。またお医者でも代へて見て、さうむやみに命を諦めちまふものでもありません」といつて画房を出た。
 桂子は座敷を出しなに、ぐたりと寝てゐる小布施の人並以上の立派な身体をふり返つて、眼を抑へた。


 桂子は自分の講習所の開所五周年記念の大会が、十日ほど先の花の盛りの時分に、Q――芸館で開かれることになつてゐたので、桂子は同業への補助出品の依頼やら、挨拶やら、自分と弟子達の作品の仕掛けの工夫やらで、眼も廻るほど忙しかつた。
 桂子からして疑へば、このQ――芸館を借りることに就いて、既に約定されてゐたものを反対側の連中の策謀と思はれる力で、貸すとか貸さぬとか、開会ももう十日程の目睫に迫つて、故障が持ち上つた。理由はこの芸館で、まだ生花の会をや
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