て下さい。第一に僕の人生の出発点からして、捨子という、悲運なハンディキャップがついているんです。」
 彼の語り出した身上話とは次のようなものであった。


 東京の日本橋から外濠《そとぼり》の方へ二つ目の橋で、そこはもはや日本橋川が外濠に接している三叉《さんさ》の地点に、一石橋がある。橋の南詰の西側に錆《さ》び朽ちた、「迷子のしるべの石」がある。安政時代、地震や饑饉《ききん》で迷子が夥《おびただ》しく殖えたため、その頃あの界隈《かいわい》の町名主等が建てたものであるが、明治以来|殆《ほとん》ど土地の人にも忘れられていた。
 ところが、明治も末に近いある秋、このしるべの石の傍に珍らしく捨子がしてあった。二つぐらいの可愛《かわい》らしい男の子で、それが木下であった。
 その時分、娘の家の堺屋は橋の近くの西河岸に住宅があったので、子のない堺屋の夫妻は、この子を引き取って育てた。それから三年して、この子が五つになった時分に、近所に女中をしていた女が、堺屋に現れて、子供の母だと名乗り出た。彼女は前非を悔い、不実を詫《わ》びたので、堺屋ではこの母をも共に引き取った。
 母は夫と共に日露戦役後の世間
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