いる。空気は焙《あぶ》り、光線は刺す――――――
 私と娘は、いま新嘉坡《シンガポール》のラフルス・ホテルの食堂で昼食を摂《と》り、すぐ床続きのヴェランダの籐椅子《とういす》から眺め渡すのであった。
 芝生の花壇で尾籠《びろう》なほど生《なま》の色の赤い花、黄の花、紺の花、赭の花が花弁を犬の口のように開いて、戯《ざ》れ、噛《か》み合っている。
「どう」私は娘に訊いた。
「二調子か三調子、気持ちの調子を引上げないと、とてもこの強い感じは受け切れないわ」と娘は眼を眩《まぶ》しそうに云った。娘は旅に出てから、全く私に倚《よ》りかかるようになっただけ、親しくぞんざいな口が利けるようになった。
 私には、あまりに現実に乗出し過ぎた物のすべてが、却《かえ》って感覚の度に引っかからないように、これ等の風物が何となく単調に感じられて眠気を誘われた。
「半音の入っていない自然というものは、眠いものね」
 私は娘が頸《くび》を傾けて、も一度訊き返そうとするのを、別に了解して欲しいほどの事柄でもないので、他の事を云った。
「兎《と》に角《かく》、熱いわね。こういう所で、ランデヴウする人も、さぞ骨が折れるでし
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