もので、は、は、は、……」
そしてお茶の代りにビールを啜《すす》りながら、扇を使っていた中老の社長は感慨深そうに、海を見詰めていたが、
「人間の行き道というものは、自分で自分のことが判らんものですな。僕のその時分の初志は、どこか南洋の孤島を見付けて、理想的な詩の国を建設しようとしたにあったのですが……だんだん現実に触れて見ると、まずその智識や準備をということになり、次には自分はもう出来ないから、それに似たような考えの人に、折角貯えた自分の智識を与えようということになり、それが、職業化すると、単なる事務に化してしまいます」
中老人は私達をじろじろ眺めて、
「普通の人にならこんな愚痴は云わないで、ただ磊落《らいらく》に笑っているだけですが、判って下さりそうな内地の若い方を見ると、つい喋《しゃべ》りたくなるのです。あなた方のお年頃じゃ判りますまいが、人間は幾つになっても中学生のところは遺《のこ》っています」
そして屹《きっ》となって私の顔を見張り、自分が云い出す言葉が、どう私に感銘するかを用心しながら云った。
「僕は、今でも、僕の雑誌の詩壇の選者を頑張ってやっています。だんだん投書も少くなるし、内地の現代向の人に代えろと始終、編輯《へんしゅう》主任に攻撃されもしますが、なに、これだけは死ぬまで人にはやらせない積りです」
日盛りの中での日盛りになったらしく、戸外の風物は灼熱《しゃくねつ》極まって白燼化《はくじんか》した灰色の焼野原に見える。時代をいつに所を何処と定めたらいいか判らない、天地が灼熱に溶けて、静寂極まった自然が夢や幻になったのではあるまいか。そこに強烈な色彩や匂《にお》いもある。けれどもそれは浮き離れて、現実の実体観に何の関りもない。ただ、左手海際の林から雪崩《なだれ》れ込む若干の椰子《やし》の樹の切れ離れが、急に数少なく七八本になり三本になり、距《へだ》てて一本になる。そして亭々とした華奢《きゃしゃ》な幹の先の思いがけない葉の繁《しげ》みを、女の額の截《き》り前髪のように振り捌《さば》いて、その影の部分だけの海の色を涼しいものにしている。ここだけが抉《えぐ》り取られて、日本の景色を見慣れた私たちの感覚に現実感を与える。
天井に唸《うな》る電気扇の真下に居て、けむるような睫毛《まつげ》を瞳《ひとみ》に冠《かぶ》せ、この娘特有の霞性《かすみせい》をいよい
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