な元禄袖なんか、まして耳環なんか決してお気にとまらないのをよく存じて居りますわ。そして、この私の存在すらも――えゝ、でも、それで結構だとおもひますの、馴れて居りますもの。
 けどやつぱり淋しいには淋しいの、ですから耳環の水晶のころころ[#「ころころ」に傍点]の可愛ゆいのまでに涙が出たりするのですわ。と云つてわたくしがそんな時あなたのお部屋へ這入つて行つて、
「パパ。」
 とでも呼んでごらん遊ばせ、あなたはペンの手をあつちむきのまゝ肩の処まで上げて、
「これこれ、Kachi 坊はこんな蒸暑い部屋へ来るのではありません。」
 で、御座いますもの。馴れて居りますわ、ひとりで居りますことには。
 しかし時々あなたは、すばらしく私のあなたにおなりになさいますのね、御自分で私の着物を見立てに銀座へ行らしつたり、おいしいものを喰べに連れてゐらしつたり、観音経のお講義をして、私の難問を解いて下さつたり、気に入つたポーズをさせてスケッチをとつたり、さういふことはまた得て世間に誇大に拡がり安いもので、いかにあなたの愛物でわたくしがあるかを云々し、まゝそこまでは宜いとして、それがために、私はその境遇にあまへ
前へ 次へ
全6ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 かの子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング